第2話:“好き”を仕事にして40年──でも、心の奥にあったモヤモヤ
こんにちは、片野です。
前回の第1話では、
僕が62歳で定年退職し、
ゼロから新しい人生を歩み始めたお話をしました。
▶︎ 第1話はこちら:何歳からでも遅くない。定年後、僕が“ゼロ”から始めた理由
今回は、その前段となる、
「好きなことを40年間仕事にしてきた」という僕のこれまでと、
それでも残った“モヤモヤ”について、正直に書いてみようと思います。
卓球編集者として生きた44年
僕は卓球メーカー「ニッタク」で、
主に卓球専門誌『ニッタクニュース』の
編集を担当していました。
国内47都道府県はもちろん、
海外20ヶ国以上を飛び回り、
世界中の大会を取材してきました。
初めての海外取材は26歳。
行き先はなんと北朝鮮。
1979年、ピョンヤンで開催された
世界卓球選手権でした。
それから、アジア、ヨーロッパ、アメリカ、
そしてオリンピックです。
文字通り、“卓球と共に生きた44年”だったと思います。
「好き」を仕事にできた幸せ
正直、楽しかったです。
・現場で選手たちの熱を感じることができた
・その瞬間を記事として届けられる
・卓球という競技を、より多くの人に広められた
自分の好きなことが仕事になり、
情熱を注げる環境があったことには、
感謝しかありません。
でも──。
「好き」だけでは満たされなかったもの
44年を迎えたある日。
ふと、こんな感覚がよぎったんです。
「…本当にやりきったんだろうか?」
「何か、大切なものを見逃してきたんじゃないか?」
周りから見れば、やりがいのある仕事。
自分でも充実していたはずのキャリア。
それでも、心のどこかに“空白”のようなものが
残っていたんです。
誰かのために生きてきた44年。そして、これからは?
定年が近づくにつれ、自然と自問するようになりました。
自分は、これからどう生きていきたいのか
何を大切にしたいのか
もし人生に「第2章」があるとしたら、どんなものにしたいのか
そのとき、心の中に小さな声が聞こえた気がしました。
「今度は、“自分のために”生きてみたい」
「もっと、自分自身を使って、何かを生み出せる気がする」
モヤモヤは、“次のステージへのサイン”かもしれない
これまでの人生に満足していないわけではありません。
むしろ、充実していたと思っています。
でも、それでも心の奥に残る違和感は、
“変化の前触れ”だったのかもしれない──。
そう考えた僕は、
定年退職というタイミングを「終わり」ではなく、
「再出発」にすることを選びました。
次回予告|第3話:ゼロからの学び。
理解できない日々と、それでもやめなかった理由
次回は、定年後に飛び込んだまったく新しい世界での挑戦、
そして“全く理解できなかった日々”の中で、
なぜ僕が「やめなかった」のかをお話しします。
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人生の後半をどう過ごせばいいのか分からない
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