温故知新  1

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2011年12月9日の記事より

実際は、1998年月刊誌5月号に掲載したものです。

20年前の記事になりますが、改めて掲載させていた
だきます。

「昔のことは駄目、

だってそうでしょう・・・・・」

というようなことを、これまで何回聞いたでしょうか。

それに対し、意見を言えるような理論や知識、はたま
た言葉を持っていなかったことから、黙っていること
が多かった、と思います。

3年ほど前(1995年)のこと。

後藤新弥氏著による「バルセロナ街道」(南雲堂出版)
のあるページを読んだとき、驚きました。

それは、60年前に水連初代会長の末広厳太郎氏の言
った「水連10則」が、現在のスポーツ界、ならびに
競技者にとって、何箇所も当てはまるところがあった
からです。

※このとき、取材に協力してくれました故長谷川信
彦さん(元世界チャンピオン)は、すべて当てはまる
ね、とおっしゃっていました。

いつか、編集に携わっている月刊誌の読者の方に、こ
の「水連10則」を紹介し、また、かつて世界の卓球
界で活躍された選手の話を掲載すれば、現在の選手た
ちに少しでも役に立つのではないかと、考えていまし
た。

それが、今回の特別企画「温故知新」になります。

誰にでもわかることですが、現在は過去の歴史の上に
なりたっています。

その歴史が、今回の「温故知新」の中にはたくさん輝
いている、と信じています。

その輝きをヒントにしながら、昔のいいところ、プラ
ス現在のいいところをミックスし、精進してもらえれ
ば、と考えます。

ここからが本題になります。

3年ほど前になりますが、後藤新弥氏著の「バルセロ
ナ街道」南雲堂出版)を読んだときは、驚きました。

というより、衝撃を受けたというほうが適切かもしれ
ません。

競技別にテーマを分けて、書かれてあり、そのなかで
目を引いたのは、「水泳競技」でした。

水連初代会長の末広厳太郎氏が半世紀以上も前に言っ
た言葉でしたが、古臭い感じはなく、むしろ新鮮にさ
え思えました。

さっそく、水泳連盟に連絡を入れ、その資料を送って
らいました。

いつか、月刊誌の読者の方に、この資料を紹介したい
と思っていたのが、今回の「特別企画・温故知新」で
す。

時間的な制約があって、最初にイメージしていたもの
とは違う形の紹介になってしまいましたが、この中か
ら新しい発見があることを切に願います。

取材に協力していただきました松崎キミ代さん、両澤
正子さん、長谷川信彦さん、そして藤井基男さんには
感謝いたします。

「温故」ふるきをたずねて
「知新」あたらしきをしる

●卓球日本のスタートは1956年の東京大会から

21世紀まであと2年数ヵ月となりました。

時代はますます新しいものを求める傾向が強くなっ
ています。

そんなときだからこそ、ときには足を止め、歴史を
振り返ってみるのもいいと思います。

ところで、「卓球日本」という言葉が聞かれなくな
って、どのぐらいになるでしょうか。

1952年(昭和27年)、インドのボンベイで行
われた第19回世界卓球選手権大会に日本は初出場
を果たし、7種目中4種目に優勝しました。

つづくロンドン大会では2種目に優勝。しかし、
「卓球日本」という言葉が使われるようになり、ま
た、爆発的な卓球ブームが起こったのは、1956
年の東京大会からになります。

そして、厳密には男子においては1959年のドル
トムント大会まで、女子は1963年のプラハ大会
までを差します。

しかしながら、2種目以上に優勝している60年代
までは、「卓球日本」と言っていいのはないでしょ
うか。(藤井基男さん)
      
つづく

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寄せください。

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